要約学習の趣旨
〜要約学習の重要性について〜
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2013.12.1(日)


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要約学習
スタート


 ご周知のように、島根県教育委員会は学校図書館活用教育の一環として、「要約学習」の導入を推進しています。日頃「調べ学習」をする際、子ども達は図書の文章を丸写ししたり、丸写しした文章を自分の発表原稿(レポート類)にそっくりそのまま紛れ込ませたり、プレゼンの時にそのまま朗読したり、……。これでは「情報モラル」の視点からも看過できません。こういう現状を憂えて、「要約学習」はスタートしました。

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 要約学習が産声を上げたのは、平成19年9月です。上記のような生徒の実態を受けて、全校ぐるみでスタートしました。

 そこは人材です。折しも当時、国語の免許所有者は3人。教頭は現在、県教委で学校図書館教育を担いパワフルに東奔西走中。「要約学習」の導入も目指しておられます。2人目は、当時「研究主任」国語科担当。現在、飯南町派遣指導主事、M先生です。そして3人目が私です。

 3人が学年を分担して、スタートしました。すごいなと思ったのは、国語科担当に丸投げではなかったこと。私は3年生を担当しましたが、授業の度に3年部の教員が教室に出かけて、自分自身の指導力を高めるとともに、個別指導に当たってくれたことです。

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要約学習
授業の実際


 要約学習で行っている学習内容は、「文章を読んでメモを取る(メモの取り方を学ぶ)」、「メモを基に文章内容を再現する(プレゼンの仕方を学ぶ)」です。おおむね次のように分類しています。

@ 人の話を聞き終えてから内容を再現する。(メモをとりながら聞いたり、メモをとらずに聞いたり。)

A 文章の内容を絵・図・表、図式
(裏面にサンプル)にする。(絵・図・表、図式は、いわゆるメモ。)

B 読んだ文章内容を(メモを見ながら、あるいは見ずに)再現(プレゼンテーション)する。

C 発展学習として、要約した後、文章内容に反論したり、文章内容を基にディスカッションしたりする。

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 要約学習の導入時は、生徒の抵抗が少なく、わりと喜んで取り組んでくれる@「聞き取り」を行います。短く簡単な聞き取りをしながら、メモの取り方(基本)を学ばせていきます。

 ある程度「メモ」(図式)の要領を飲み込んでくれると、いよいよ次の段階です。文章を読むという行為は、多くの生徒にとって思いの外抵抗感があります。

 したがって、準備する文章は全身全霊をかけて作文します。まずは、生徒にとって価値ある内容であること。そして、読みやすいこと。漢字にはルビを振る配慮もします。

 スッキリとした図式が描けたら、プレゼンはしめたものです。納得のいく図式が描けたら、手元のメモ(図式)はほとんど観る必要がありません。

 実際、先日行った3年生 の要約学習、プレゼンでは、全体発表してくれた5人(じゃんけんで決定)は、おおむね視線を全体に向けて(ほとんどメモを観ずに)スピーチしました、はなまる。

 Cについては、いよいよ最終段階です。毎年、基本的には3年生 の要約学習7時間のうち、2時間を充てるようにしています。本当はもっと体験を積ませたいのですが、@ABの基礎をしっかり身につけて高校へ送り出したい思いの方が、自分の中では上回っています。

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再現能力


 文章を読み終えたとき、(A)「どんなことが書いてあった? 簡単に教えて」と頼まれて、端的に簡潔に伝えられる力は、まさに国語力「読解力」そのものです。今、学校教育で重視されている「言語力の育成」と、密接に関わっています。また、(B)「どんな講演をされた?」と尋ねられたとき、分かりやすく再現できる力は、(A)と基盤で共通しています。

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 (A)も(B)も、日常生活では当たり前にあります。今求められている、コミュニケーション能力とも深く関わっています。より豊かな人間生活、社会生活を過ごすためにも、ぜひ身につけたい能力です。 ……そういう強い思いを抱きながら毎回、要約学習に出かけています。

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目指すべき
スピーチの姿


 日常生活においてスピーチ(プレゼン)する場面があります。その際、次のように分類できます。

(1) 予め作文した文章を朗読する。
(2) 予め作文した文章を暗誦朗読する。
(3) 構想図(メモ)をときどき見ながら話す。
(4) 構想図を脳裏に思い浮かべながら話す。


(1) は、音読練習をするだけで事足ります。負担感はほとんどありません。しかし、話は目でも聞きます。 話す人が下を向いていることもあって、朗読を聞く方はよほど集中していないと内容が把握できません。

(2) は、暗誦することによって身に付く言語力など、利点もあります。話者と聴者が視線を合わせる環境 が生まれるので、内容が伝わりやすくなります。が、日常生活においては(事前準備に)時間がかかり すぎます。

(3) は、話し手の意識が自然と「内容」に集中しています。聴衆の反応を見ながら、臨機応変に対応でき ます。話者と聴者が内容を作り出していくという弾力も生まれます。

(4) は、(3)の延長線上にあります。これが、社会人に求められる姿でもあります。会議の時など分かり やすく端的に話したり、人とコミュニケーションを交わしたりするときの重要な基盤となります。

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 上に書いた通りです。

 (1)と(2)は、基盤でつながっています。予め書かないとスピーチできない点で一緒です。これを脱皮して、(3)(4)の世界に足を踏み入れてほしいのです。

 (1)と(3)(4)は、全く別の世界です。(1)は文章を読みます。それに対して、(3)(4)は「メモ」を基にスピーチします。どちらが迫力があるかは、一目瞭然です。どちらが伝わりやすいかは、見ての通りです。

 ときどき見かけます。学校の授業において「書く時間」を設けて、それから話し合いに入るスタイルです。その場合の多くは、子ども達は書いた作文を朗読しています。「発表」には違いありませんが、これは「話し合い」にはつながりません。「言い合い」でしかありません。心から心へと伝わらないからです。

 発表する人は、まわりの人に視線を送りながら、目と目でコミュニケーションをするから、「話し合い」の雰囲気が醸成されるのです。

 「書く時間」を設ける授業は、「書いて捨てる」方法をとればいいと思います。書いた時点で、人に影響されずに自分の考えをまとめることが出来たわけです。それで目的は達成しています。作文は机の中にしまって、(書いた通り話さなくていいので)内容を脳裏に描きながら、たどたどしくてもいいから語ります。

 少し話の内容が、横道にずれたようです。

 私は特に校長時代、生徒に「人前で話すときには、作文を朗読しないで、せめてメモを見ながら話すようにしよう。出来れば、手ぶらで話すスタイルにチャレンジしよう。」と呼びかけていました。ですから、ことあるごとにその刃は自分に向けられてきました。

 時には大事なことを言い忘れることも、何度となくありました。でも、子ども達の前に立って(むろん大人が対象の場合も)、フェイス・トゥー・フェイスで堂々と話せたときの達成感、満足感は、最高の喜びでした。

 むろん、今でも私は発展途上にあります。授業をするからには、生徒よりも前を歩みたい、歩まなくてはならないと、自分に言い聞かせています。

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授業中 子ども達に伝えていること
2014.10.18