漢字の底力
.

2021.4.18


コメントの部屋へもどる




民度の高い日本人


 『世界の偉人たちが贈る日本賛辞の至言33撰』(波田野毅;著)を読むと、日本人の特性に関して、興味深い分析を紹介しています。抜粋して紹介(青字部分)します。

  

 フランシスコ・ザビエルは、スペイン生まれのカトリック教会の司祭、宣教師。1549年、日本に初めてキリスト教を伝えたことで知られています。

 
海外布教の関係で、西欧人以外の多くの異人に接してきているそのザビエルが、日本人があまりにも民度(知的水準や教育的水準)が高く、優秀なので驚いたと言います。例えば、次のように述べています。

 彼らは親しみやすく、一般に善良で、悪意がありません。驚くほど名誉心の強い人々で、他の何よりも名誉を重んじます。名誉は富よりもずっと大切なものとされています。大部分の人は貧しいのですが、武士もそうでない人々も、貧しいことを不名誉とも思っていません。

 また、次のようにも紹介しています。

 
好奇心が強くしつこく質問し、知識欲が旺盛で、質問はきりがありません」「とても気立てがよくて、驚くほど理性に従います」「日本の人々は慎み深く、また才能があり、知識欲が旺盛で、道理に従い、総じて優れた国民性があります」。

 近世において、西欧諸国は世界中の後進国を植民地化したり、属国化したりしています。しかし、そういう中にあって日本は、この恐るべき植民地化の罠に捕らわれることがありませんでした。世界史的にも特筆すべき、長期の平和な江戸時代を築きあげています。


 この日本の奇跡? は、上に紹介した日本人の特性と無縁ではないと思います。日本が植民地化されなかった理由については、欄外に箇条書きにしました。

.


@武士の存在  
武士は名誉心が強く、人に誇りを傷つけられるのなら、死を賭してでもそれを防ごうとする。
征服する側としてはとても手ごわい相手だ。
イタリアのイエズス会巡察師のアレッサンドロは言っています。
「日本国民は非常に勇敢で、しかも絶えず軍事訓練を積んでいるので、征服可能な国土ではない。」
 

A進取の気風  
種子島に鉄砲がきて、2挺買い取ったらすぐそれを自らの手で作り上げ、10年のうちに日本に普及させた。
これは、新しい物を取り入れる気概と明敏さがあり、また、伝達網がしっかりしている。


B民度の高さ  
字の読み書きできる人が多く、理知的で理解が早い。
高い道徳性で秩序が保たれている。つけいるスキもない。


C上の命令はよく聞き、統率が取れている。いざ戦いとなると手強い存在。


D地理的条件  
日本はヨーロッパから遠く、また東南アジアの植民地からも距離がある。
また海に囲まれ、征服の軍を出すにしても、陸続きのように兵隊・兵糧などの供給ができにくい。










有能な日本人は何処から来た?


 ザビエルの時代、西洋人には「日本人は侮れない存在」と写ったようです。が、それ以降、特に明治以降、日本人の「民度」のレベルはどうなっているのでしょうか?

 文明開化を経て、日清・日露戦争に打って出るまでに強国化(?)した近代日本。そして、無謀にも大国アメリカを相手に、日中戦争⇒太平洋戦争へと突き進みました。結果、完膚無きまでたたきのめされ、敗戦に至った近代日本の最終章、……。

 しかしながら、驚異的な戦後復興を遂げ、東アジアの奇跡とまで言わしめた、日本の恐るべき経済発展。2010年、中国に抜かれたとはいえ、世界経済大国ランキングで堂々第3位です。資源の乏しい島国小国;日本、私から見たら「世界の奇跡」でさえあります。

経済大国ランキング  2020年 GDP

国内総生産(GDP) 1人当たりGDP
米国 21兆4800億ドル 6万5000ドル
中国 14兆1700億ドル 1万0100ドル
日本 5兆2200億ドル 4万1420ドル
ドイツ 4兆1200億ドル 4万9690ドル
インド 2兆9600億ドル 2190ドル
フランス 2兆8400億ドル 4万3500ドル
英国 2兆8100億ドル 4万2000ドル
イタリア 2兆1100億ドル 3万4780ドル
ブラジル 1兆9300億ドル 9160ドル
カナダ 1兆8200億ドル 4万8600ドル

 ただ経済状況がよいだけではありません。海外旅行をして、いつも強く感じるのは「治安の良さ」です。安堵感です。加えて、四季が織りなす美しい、住みやすい環境です。

  

 この日本の奇跡は、いったい何処から来るのでしょうか?

 上に紹介した著書の中では、ザビエルをもっとも驚嘆させた言葉を紹介しています。

 それは「
大部分の日本人が、読み書きができる」ことだったそうです。識字率は「少なくとも自国のスペインの民よりは高そうだし、今まで接してきたインド人、中国人よりも、一般日本国民は読み書きができる」と驚いたそうです。

 私は、ここに注目しました。

 日本の文字は、「ひらがな」「カタカナ」「漢字」。とりわけ「漢字」こそ、日本人の識字率を高め、教養を高め、日本人の気風を醸成してきた、一番の功労者ではないかと考えています。

 日本の表記から「漢字」が無くなったら、……。そう考えるだけでぞっとします。抽象的な思考、複雑な思考は、漢字(漢語)抜きには考えられません。

 また、漢字をマスターする過程で、いかに「脳力」を磨き、「こころ」を鍛え上げているのかと思います。

 以下は、以前「日本語の特色」を特集したときに記載した内容です。

.






H 文字


 日本語表記は、漢字仮名交じり文です。

 同じく漢字文化の中国は、マスターすべき文字数(漢字数)が多すぎる(最低5,000文字)ので、ローマ字化を試みた時代もあります。が、同音異義語が多すぎるため見切りを付けて、「略語」の方向に動いています。

 韓国は、新たらしい文字(ハングル文字)を考案して、漢字を捨てました。
 ベトナムは、ローマ字化することによって漢字を捨てました。

 その点、日本は漢字から「ひらがな」「カタカナ」を考案し、それらを使い分けることによって、漢字の長所(表意文字)とひらがな・カタカナの長所(表音文字)を織り交ぜながら併用しています。

 日本・中国を除いては、文明国において、表意文字(漢字)を使用している国は皆無と聞いています。 ……それは、「ひらがな」「カタカナ」が存在するおかげです。もっと言えば、日本語の構造上の特徴があったればこそ、表意文字・表音文字の併用が可能だったわけです。

 確かに、漢字の読み(約2,000文字)、書き(約1,000文字)をマスターするには、そうとうの労力が必要です。しかし、膨大な語彙を獲得していく過程で「漢字」の存在は貴重です。漢字無くしては、抽象語彙の獲得は困難を来します。

 漢字をマスターしていく過程で語彙を獲得し、語彙を獲得していく過程で漢字をマスターしてきているのです。日本において、漢字と語彙とは表裏一体の関係にあります。

.







日本語は
優れた表記法


 日本語の表記は、漢字仮名交じり文。(異論はあろうとは思いますが、)つくづく、ありがたい優れた表記を後世に残してくださったものだと、祖先に感謝です。

 もともと漢字の発祥地は中国。6世紀、仏教伝来に伴って輸入されたとされています。が、もっと以前だとの説もあります。いずれにしても、全く文字を持たなかった日本人が、中国の恩恵を受けて文字を持ったことは間違いがありません。

【備考】 神代文字(じんだいもじ、かみよもじ)と称し、漢字が伝来する以前に、古代日本で使用されていた文字があるという説がありました。が、現在では、近世以降に捏造されたものであり、漢字渡来以前の日本に固有の文字は存在しなかった、とする説が広く支持されています。

 この漢字を基に、「ひらがな」を発明し、「カタカナ」までも生み出した日本人の智恵は、これまた創造力に富んでいます。

 ところで、漢字仮名交じり表記は、漢字と仮名の特長を生かした、実に優れた表記法だと、つくづく感心しています。

漢字=基本的には、名詞、動詞・形容詞・形容動詞の語幹など。
ひらがな=基本的には、活用語尾、接続詞、感動詞、助詞、助動詞など。
カタカナ=外来語、計量,貨幣などの単位を表す語など。

 漢字をマスターしていない時期には、ひらがなだけで書き表すことが可能です。また逆に、漢字仮名交じり表記でも、漢字に「ルビ」を付ければ、漢字が読めなくても、その文章を読むことができます。 ……ただし、漢語の語彙の知識がなければ、文章が読めても意味が不明ですが・・・。

 韓国では、漢字を捨てて「ハングル文字」(表音文字)にしました。その結果、国立大学でも図書館の書籍の利用率は2%程度しかないそうです。要するに、過去の漢字交じりで書かれた本を、現代の韓国人は読めないのです。

 一方、中国では日本における「ひらがな」に当たる文字が作れません。作ったとしても数百文字必要の上、イントネーションに対応できないと言います。読み書きが通常にできるためには、最低でも5,000文字マスターといいますから、気が遠くなります。そこで、識字率を上げるため、思い切った簡体字化を押し進めました。その結果、過去の繁体字で書かれた書物を読める人は、ほとんどいなくなってしまいました。

簡体字 ←←←繁体字
万 ←←← 萬
与 ←←← 與
个 ←←← 個
乱 ←←← 亂
争 ←←← 爭
云 ←←← 雲
仆 ←←← 僕
体 ←←← 體
余 ←←← 餘
佛 ←←← 彿
儿 ←←← 兒
党 ←←← 黨
写 ←←← 寫
冬 ←←← 鼕



 もし日本人が「ひらがな」を編み出していなかったら、おそらくは遅かれ早かれ、漢字という怪物に押しつぶされ、韓国や中国のような運命をたどっていたかも知れません。

             

 繰り返しになりますが、日本人は「漢字仮名交じり文」というすごい方式を、よくぞ生み出したものではあります。もし、日本語の文字が「漢字」だけだとしたらと考えると、ぞっとします。「ひらがな」は平安時代に生み出されましたが、これと「漢字」とを併用するなど、よくぞ考えついたものではあります。

 「漢字は、習得までに時間がかかりすぎる、労力が要りすぎる。」という主張がなされた時代がありました。実際に戦後、日本語廃止論を志賀直哉が唱え
(70年前、森有禮が英語を國語に採用しようとした事を此戰爭中、度々想起した。若しそれが實現してゐたら、……(中略)……尺貫法を知らない子供のやうに、古い國語を知らず、外國語の意識なしに英語を話し、英文を書いてゐたらう。英語辭書にない日本獨特の言葉も澤山出來てゐたらうし、萬葉集も源氏物語もその言葉によつて今よりは遙か多くの人々に讀まれてゐたらう)たり、日本語のローマ字表記やひらがな分かち書きを、梅棹忠夫が提唱したりしたこともありました。が、幸い多数派にはならずに済みました。

 「ひらがな」だけの表記は、読む場合にはとてつもない労力を伴います。特に「漢語」は同音異義字が多いので、読み間違ったり混乱したりもします。その上、速読が不可能になってしまいます。


【漢字の力】 ……平仮名だけの世界だと?

 かんじを おぼえるのは ちょっかんりょくだと いわれています。かんじを おぼえるじきに おぼえさせなくては いっしょうの ふかくです。とりわけ しょうがっこうのいちねんかんは おとなの じゅうねんかんに あたると いわれています。

 こくごの じゅぎょうに おいては、ないようはあくに りきてんが おかれすぎています。ていがくねんの じきには むずかしいことを いわず、かんじが よめるよう にしてやるべく ぜんりょうを とうにゅうすべきなんです。すぐれた さくひんや はっと おどろくような ぶんしょうひょうげんに どんどん であわせてやるべき じゅうような じきなのです。

.

 とりわけ抽象的なこと、抽象語の内容については、「漢字」からインプットするケースが多いと思います。漢字でインプットするから、忘れにくくなるという側面も見逃せません。

 確かに、漢字のマスターには労力・時間を伴いますが、その習得の過程で得るものも大きいし、何と言ってもマスターしてしまえば、こんなに素晴らしい表記(表音文字と表意文字の長所を生かした表記)はありません。

.


 ★ ひらがな ……助詞、助動詞、送りがな。その他、接続詞、感動詞など。
 ★ カタカナ ……外来語、擬音語など。
 ★ 漢 字  ……実質的な部分。名詞、動詞など、文章骨格(主語・述語等)となる部分。