幸せはどこにある?
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2023.7.22


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時には啓発を受けて……


 ついつい現状の自分に流されがちな私です。その一方で、見方、考え方、視点など、時には啓発を受け、再確認したり、自分の姿を映し出したりして、今後の生活に生かしたいと考えている私でもあります。

 この度は、『読むだけで人生がうまくいく本』(中谷彰宏)という本に出会い、自分自身を見つめ直しました。今回は、200以上ものキーワードの中から、特に以下の9個をここに取り上げました。

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【内容】
「人生は、エスカレーターと同じ。1歩、踏み出すだけでいい」
──人生は、どんな言葉に出会ったかで決まる。
夢を形にできる言葉。知れば奇跡が起こせる名言。
考える力、チャンスをつかむ知恵、実行力がつく名言。
一生手放せなくなる珠玉の一冊。

                   〜書籍紹介文より〜











褒められ帳を作ろう


褒められた言葉を思い出しましょう。それを全部、書き出してみましょう。
 人は褒められたような人になるものです。褒められた言葉は、あなたの一面を正確に映し出しているのです。
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〜本文からの要約(以下、同じ)〜







 「ピグマリオン効果」という言葉があります。教師が生徒の成長を願い、信じ、期待することによって、その生徒が期待したように成長するという心理効果のことを言います。

 教師が願い、信じ、期待すると、自然と該当生徒に対して態度や言葉がけが違ってきます。その繰り返しの中で、生徒が成長するわけです。


 他人から期待されることによって学習・作業などの成果が上がる現象。米国の心理学者ローゼンタールが「教師からの期待の有無が生徒の学習成績を左右する」という実験結果をもとに報告した。
 
 名称はギリシャ神話のピグマリオンにちなむ。昔、ギリシャのキプロス島に、ピグマリオンという名前の彫刻の上手な王様がいた。ある日、自分自身が象牙に刻んだ理想的な女性の彫刻像に、恋をしてしまった。この彫刻像を、生きた女性に変え、妻にしたいと熱烈に祈っているうちに、愛と美の女神アフロディーテがこの願いを聞き入れて、その彫刻に生命を与え人間にしたという逸話。

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 「自己肯定感を育てる」とか、「自尊感情を育てる」とか、学校経営に関する著書でよく見かけるようになりました。その底流にあるのが、「一人一人のよさを引き出す教育」の実現です。

 私自身の教員経験を振り返ってみても、問題行動を起こす生徒は、おおむね「自己肯定感」「自尊感情」が低いということがあります。その要因は、乳幼児期からの育ちにあると考えています。

 とりわけ、両親からどう思われているか?  どんな言葉をかけられて育ってきているか? ……この積み重ねが、「自己肯定感」「自尊感情」に色濃く反映しています。


 このこと(自己肯定感・自尊感情)は、子育て、生徒指導のみならず、自分自身の「幸せ感」とも繋がっています。

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催眠術をかけよう


人に愛されるための、魔法の呪文があります。
 その魔法の言葉を囁かれると、人は3秒間、催眠術にかかったようにいい気持ちになります。あなたが言うことを素直に聞いてくれるようになります。3秒間が過ぎても、あなたに好意を抱くようになります。
 その魔法の呪文は「ありがとう」です。
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 「ありがとう」は魔法の言葉。なるほどと思います。つらつら考えるに、「ありがとう」という言葉が、ごく自然に、当たり前に出てくるタイプ(人)と、そうでないタイプとあるように思います。後者は、ちょっとしたことだけど、ずいぶん損をしていると思います。

 魔法の言葉という認識はなかったのですが、人からしてもらったことに対して、「ありがとう」を言うか言わないかは、大きな違いです。思いが伝わるか伝わらないかにも関係しています。その積み重ねの有無は、感謝の心を涵養することにも関わっています。

 「為すことによって学ぶ」という教えがありますが、実際に言葉にして「ありがとう」を言う、その積み重ねが「感謝の心を育てる」という一面もあります。

 私自身はどのタイプかな? ふと振り返ってみました。 ……まだまだ心がけが足らないように思います。

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この人は疲れているんだな


イライラは伝染します。イライラしている人に接すると、こちらもイライラとしてきます。
 イライラしている人に接するときには、「何かイヤなことがあったんだな」と考えるようにしましょう。相手がつまらないミスをしたら、「この人は疲れているんだな」と思うようにしましょう。
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 頭ごなしに言われたり、心ない言葉をかけられたり、無視されたり、……。大人と比べて子ども達には、そういう出来事がかなり多いように思います。しかし、中谷氏のような思考回路を求めても難しいかな?

 大人にとっても、身の回りにそういう出来事が皆無ではありません。ちょっとした視点の転換です。一つ一つの言葉や態度に、いちいち感情を左右されることなく、「この人は嫌なことがあったんだな」とさらりと流すようでありたいと、再認識させられました。

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反対意見を聞くときは?


人は、自分と違う意見を言われると、通常はムッときます。でも、実は反対意見を聞くときに、人は成長します。自分と同じ意見ばかり聞いていては成長はありません。
 反対意見を聞くときの相づちは、「なるほど」です。ニコニコ微笑みながら聞けるようになったら、あなたの懐がぐんと深くなります。
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 日本には昔から、「あうんの呼吸」とか、以心伝心とか、多くを語らなくても通じ合う関係を大事にしてきた歴史があります。

 しかしながら、ここのところ急速に改善改善に向かってはいますが、韓国との問題がこじれています。感情を直ぐに激しい言動に転換する韓国の実情に、いささか私もうんざりする面もあります。国内においても、「マイナンバーカード導入」「原子力発電の是非」など、百家争論の時代を迎えています。

 日常生活においては、そこまで表だって議論を闘わすことはないのですが、自分の意見に対して反論される場面も少なくありません。

 そういう場合の心得、それが「相づち」と「なるほど」と、出来れば「微笑み」だそうです。

 まずは、相手の気持ちや考えに、誠心誠意耳を傾けること。心がけたいと思います。

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嫌われる覚悟を持とう


ある村長が水不足を解消するために、用水路を造ることを計画しました。すると、田んぼを削られる人から、強い不満が出ました。
 「村人のためにしているのに、どうして文句を言われないといけないのか!」と、村長は悩みました。
 人にためにと思ってすることであっても、必ず人から受け入れられる、感謝されるとは限りません。嫌われることもあるのです。それでも、あえて前に進むことが、偉大な仕事ということもあるのです。
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 3校13年間の校長時代、一校を預かる長として、私は「嫌われること覚悟で取り組んだ」ということは、記憶に残っていません。あえて避けてきたという側面もあるかも知れません。

 もっとも、職員が校長の学校経営方針を念頭に、一人一人が果敢に教育実践を生み出したり、実践したりという側面が大きかったとも言えます。

 この点に関して校長という視点から、飯南高校を最後に退職された元O校長先生が、ふと念頭に浮かびました。

 2年間(1年目、私は生徒募集の任を受けて飯南高校でO校長先生の下で、その行動力を拝見しました)の任期中、着任当初から飯南高校の将来のため、ひいては飯南町の将来のため、全身全霊かけて取り組んでこられました。その発想力、構想力、そして実行力には、ほんとうに頭が下がる思いでした。

 退職までの2年間、校長として安穏としておられたら、もっと心穏やかだったろうにと、今でもそう思います。


 私利私略を越え、全力投球されたその姿は、私には輝いて見えました。熱意が高じて、ブルドーザーのごとく突き進まれる一面もあったので、時に反感を買われることもありました。文句も批判もあったかも知れません。

 しかし、退職された翌年度(翌月から)には、飯南高校の魅力化・活性化事業のために、人も金も付きました。すごいことです。

 こういうことが原動力となってか、現在の飯南高校は町内生より町外生が多いという、当時からは考えられない高校に変貌しています。

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カラオケマイクは横取りしない!


話し上手の秘訣は何か? それは、相手の話を最後まで聞くことです。
 カラオケで、人が歌っているときにマイクを横取りしたら嫌われます。それと同じなのです。
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 一度ありました。十数人でマイクを回しながら一曲ずつ歌っているとき、私に順番が回ってきました。ところが1番を歌っている途中から、Mさんがもう一つのマイクを持って一緒に歌い始められました。圧倒的に声量が大きいので、私の声は打ち消されるほど。いやはや、まいったまいった、……。こういうことは、してはいけないな、と思わされた出来事でした。

 人の話は最後まで聞く。 ……なるほど、カラオケマイクの横取りになぞらえての話は説得力があります。

 それにしても、よくテレビで放映される政治討論会など、人の話の横取り、怒鳴りあいなど、日常茶飯事です。どうして、人が話している途中で、大声で割り込んで反論するのか?! と、情けなくなります。

 政治家がこういう体たらくですから、海外の政治家と渡り合うときはどうなんだ? と、不安になります。

 振り返って、私自身の日常生活はどうなのか? 「人の話を最後まで聞く」という気持ちは持ってはいますが、実際場面はどうなのでしょうか? 今後は、気を付けて自覚していきたいと思わされました。

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あなたが優しい証拠は?


周りの人が優しいと感じるようになったら、それはあなた自身が優しくなった証拠です。
 どんなに周りの人が優しく接しても、あなた自身がギスギスしていたら、優しさを感じることは出来ません。あなた自身の心が優しくなったら、周りの人が優しく感じるようになるものです。
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 「人は鏡」で検索したら、次のような説明をしたサイトが出てきました。

http://www.h3.dion.ne.jp/~toai/tenrikyo/kyouwa2.htm

人を憎めぱ、自分も人から憎まれます。

人を無視すれぱ、自分も人から無視されます。
自分から顔も心もほほえめぱ、人の心もほほえんで来ます。

人を尊敬する人は、自分も人から尊敬されます。
ここまでは誰でもわかる話です。

ところが、子供に、あるいは夫に、あるいはいやな奴に、心の中で責めていた時、神様のお話を聞いた後で、「あなたが悪いのではない、私が悪うございました」と相手の方に向って陰でお詫びをすると、相手がころっと変わるのは不思議です。

相手も悪いかもしれないが、それを悪く思いつめている方も同じように悪いというふうに、神様の目にはバランスがとれているのでしょうか。

科学ではわからない自然の法則なのか、神様のなせる技なのか、自分が変われば変わる程、相手も変わってゆく不思議さを、多くの信仰ある人が経験しています。

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 「人は自分を映す鏡」という言葉は、幾度か聞いたことがあります。なるほどという事例が、私自身にもいくつか思い当たります。

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自分に言い聞かせるように……


どんなに、あなたが一生懸命アドバイスをしてあげても、また、気持ちを伝えようとしても、相手が分かってくれないことがあります。
 私は、本を書くときも、講演をするときも、相手に対してではなく、自分自身に言い聞かせるつもりで書いたり話したりしています。そういう姿勢が、相手の心に響くものです。
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 相手の心に響くかどうかは別として、この「コメントの部屋」の文章を作文しているときには、少なくとも私は、自分自身に言い聞かせるようにしながら書いています。

 また、人からアドバイスを求められたときには、「押しつけになってはいけない」という意識が働いて、大概の場合は「私が(授業を)するとしたら、……」という話し方をするよう心がけています。

 相手がアドバイス(話)を聞いて、そうするかどうかは、相手が決めることです。自分がアドバイスしたとおりにしなかったからと言って、情けなく思ったり、腹を立てたりというのは、少し筋違いかな? と思います。

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幸せはどこにある?


センスのいい服を着たり、化粧をしたりすることで、美しくはなれません。本物の美しさは「生き方」から生まれるのです。また、体を鍛えただけでは強くなれません。強さも「生き方」の中にあるのです。
 幸せには形がありません。幸せは、すべて「生き方」の中にあるのです。その人がスーツを着ているのではなく、その人の生き方がスーツを着ているのです。
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 これまでキャリア教育と関わって、(教師)現役時代には生徒に幾度となく話しかけてきました。

 「医者という職業が偉いのではない。どんな医者であるかが問題だ」「職業に貴賤はない。人のために尽くしているかどうかが問題だ」「どんな職業にあっても、基盤は人間性・人柄・人となりだ。これ抜きには職業は語れない」……などと。

 かくいう私自身、「教師としての自分を問う前に、生徒にとって自分はどんな後ろ姿か?」を問題にしてきたつもりです。

 「幸せには形がありません。幸せは、すべて『生き方』の中にあるのです。」……心すべき言葉と再認識させられました。

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