高齢者
65歳以上 ⇒ 75歳以上

.

2022。11.13



コメントの部屋へもどる




高齢者の定義変更を提言
新聞報道をまとめると
次のように解説がされています。


 日本老年学会は、医療や介護などで「65歳以上」とされている高齢者の定義を「75歳以上」に見直すべきだと提言を発表しています。

 健康に関するデータの分析から、医療の進歩や生活環境、栄養状態の改善などで、65歳以上の体の状態や知的機能は20年前と比べ5〜10歳ほど若返っていると考えられるとのこと。

 国連は1956年の報告書で65歳以上を「高齢者」と定義し、日本もこれに準じていいます。国民年金や介護など社会保障関係の国内法令も、現役世代との区分を65歳としています。

 日本老年学会は、65〜74歳を健康で活力がある人が多い「准高齢者」と定義し、仕事やボランティアなどの社会活動への参加を促すよう求めました。なお、75〜89歳は「高齢者」、90歳以上は「超高齢者」と位置づけました。

 65歳以上の心身に関する各データを同学会が解析したところ、要介護認定率や脳卒中死亡率などは年々低下し、身体の動きや知的機能は上昇が見られたとのこと。2014年度の内閣府意識調査で、高齢者を男性が70歳以上、女性は75歳以上とする回答が最多だった点も勘案したとしています。

 提言をまとめた同学会の大内尉義(虎の門病院長)は「65〜74歳は元気な人も多く、今の高齢者の定義に合わなくなっている。自主的な社会参加を促せば、社会の支え手を増やせる。」と説明しています。

.




日本老年学会公式ホームページ
2017年1月6日 高齢者の定義と区分に関する提言を発表しました











いつまでも若くありたい


 感覚的なのか、記憶間違いなのか、確かに昔(私が子どもの頃)と比べて外見上、60歳の風貌が若返っていると感じます。教員になった頃(昭和49年)、定年は55歳でした。そのころ、50歳台の先輩教員は「お爺さん」の印象が残っています。

 現実問題として、自分自身(現在71歳)の実感では「お爺さん」「高齢者」の自覚はありません。ただ、飛蚊症になったり耳鳴りが出たりしています。夜間の外出時に「よっこらしょ」という腰の重さ(けだるさ)も感じるようになってきています。明らかに40歳台の時期とは体も心も違いを感じます。

 平田に「ゆらり」という温泉があります。65歳以上は割引になっています。65歳の誕生日を迎えた後、初めて「ゆらり」に出かけました。割引ですから、免許証をポケットに忍ばせて番台に向かいました。ところが、入場券を受け取る係の人が何の疑う仕種もなく、私を通過させてくださいました。

 嬉しかったというより、落胆しました。 ……そうかそうか、風貌は立派な「高齢者」なんだと自覚させられた、記念すべき日? です。

 ランニングとサウナが日課になっている私です。食事にも気を遣っています。文章の読み書きは日常化しています。 ……いつまでも若くありたい下心もあります。

 そういう中にあって、日本老年学会の提言は「吾が意を得たり」です。これが社会通念上認められると、晴れて? 私は「高齢者」ではなくなります。気分的にぜんぜん違います。ぜひ、政府にはこの提言を取り上げ、日本の常識にして欲しいと願っています。

.










100年生きるのは幸せか?


 『週刊現代』に「100年生きるのは幸せか」という記事が掲載されました。データの一部を以下に紹介します。


 100歳以上の人口は、次のように推移が予想されています。
  2016年  7万人
  2020年 13万人
  2030年 27万人
  2040年 42万人

 100歳以上の高齢者の実態。
  自立歩行は5人に一人。
  認知症は8割。
  一人当たり経費 300万円/一年
     内訳=医療費 118万円
        介護費 191万円

 2015年高齢者の人数
  65歳〜64歳 1,752万人
  75歳〜   1,641万人
  75歳から急激に医療費・介護費が必要となる。

.

 ちなみに、100歳になると内閣総理大臣から「銀杯」が贈られます。近年は人数が増えたので、銀メッキの銀杯だそうです。

 こういうデータを眺めていると、「姨捨山」の話が浮かんできます。医療・介護の必要ない高齢者であれば、クオリティオブライフ(生活の質)も充実しているし、家族に迷惑もかけなくて済みます。でも、現実は……。

 こんなことを考えていると、 2016年7月26日未明に起こった「相模原・障害者施設津久井やまゆり園の殺人事件」が脳裏に浮かんできます。「社会的弱者なら死んでもいい」という差別的な思考回路です。

 ただ、自分自身のことだけを考えるなら、医療・介護が必要となった時点で静かに生涯を終えさせて欲しいというのが本音です。

 先日、サウナでこれに関することが話題になりました。「あの世に行ける『どこでもドア』があればいい。気にかかることを全てやり終えたら、親しい人を『どこでもドア』の周りに招いて一人一人と最後の言葉を交わしたり、最期のスピーチ(お礼)をしたりして、『それでは皆さんお元気で、さようなら。』と言ってドアの向こうに消えていく、……。」

 共感している自分が、そこにいました。


内閣府は2022年版「高齢社会白書」を公表した。

日常生活に制限のない期間(健康寿命)ついて、
2010年と2019年を比較したところ、
男性は2.26年伸び72.68年、
女性は1.76年伸びて75.38年であった。


 一日一日をより愛おしまなくてはいけません。同時に、健康寿命を延ばすための実践(運動と食事など)を充実しなくてはいけません。自分のために、家族を始め周りの人のためにも。

.