日本語の表記をめぐって
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22.2.14(日)


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今回は
コメントと言うより
日本語の文字
とりわけ「漢字」を取り上げて
いろんな視点から
見つめてみることにしました。




素晴らしい発明
漢字


 漢字一文字一文字の発明については、その字源をたどっていくと、本当に感動的です。

 まずは、どこの国の文字も「絵を文字(記号)にする」ところ(象形文字・指事文字)からスタートしています。

田 目 耳 口 犬 子 女 人 炎 亀 魚 牛 羊 馬 象 豚 木 土 山 川 月 日 水 水門 角 車 戸 手 毛 首 児 自 羽 刀 卵 酒 糸 貝 雨 雲 心 肉 舟 ……

上 下 中 本 末 母(←女) 刃(←刀) 烏(←鳥)


 しかし、これにはいずれ限界が来ます。そこで行われるのが、象形文字同士を組み合わせる方法(会意文字)です。

友 =手と手
右 =手と口
左 =手と定規(エ)
灰 =手と火
雪 =手と雨
支 =手と木 (⇒枝 ⇒技)
取 =手と耳
奴 =手と女
菜 =草と手と木
受 =手と冠と手 (⇒授ける)
箒 =竹と手と布 (⇒掃く・婦人)
好 =女と子
明 =太陽(日)と月
孔 =子とおっぱい(母乳の出る孔)
乳 =手と子とおっぱい
安 =家と女
解 =牛と角と刀(解剖図)
炎 =火と火
災 =川と火
光 =火と人
比 =人と人
見 =目と足(人足)
兄 =口と足
焦 =小鳥と火
集 =小鳥と木



 これにも、そろそろ限界があります。そこで、一気に文字を増やす方法が誕生。それが読みと意味とを表す「形声文字」
(形=意味、声=読み)です。(ただし、どんどん増やす過程で、「意味」を表すところまで手が回らない漢字が続出します。)

三水(さんずい =清 海 湖 浅 深 湯 沼 洗濯 泡……
立刀(りっとう 
=剣 刈 剃 割 削 裂 剔 剥 刻 別 刺 解剖 創傷……
肉月(にくづき 
=腕 胸 腹 背 肩 肘 肱 腰 股 膝 脚  胃 腸……
斧づくり 
=斬 折 新 薪 断 継

青 =清 晴 精米 情 請 静 画竜点睛 鯖……
剣 =地検 試験 倹約 保険 剣
召 =湖沼 昭和 招待 紹介 照射
包 =包容 抱擁 飽食 細胞 大砲
揚 =抑揚 道場 掲揚 太陽 楊 瘍
主 =注意 駐輪 電柱 註釈
浅 =深浅 餞別 銭湯 付箋 実践 卑賤


 「字」という漢字は、「家(うかんむり)」と「子ども」の組合せです。まさに、家の中に子どもがどんどん生まれて増えるように、「字」(漢字)は増え続けたのです。

                       

 ちなみに、日本人が発明した漢字「
国字」も、かなりの数に上ります。いくつかを紹介します。

裃(かみしも)

躾(しつけ)
榊(神棚に供える木)
鱈(たら)
鰯(いわし)
鯱(しゃちほこ)
鰹(かつお)
辻(よつかど・つじ)
辷(滑る)
樫の木(堅い木)
凩(木枯らし)
颪(おろし)
凪(なぎ=海風・山風が止んだ状態)
凧(たこ)
畑 畠
働く
匂う(におう)
梺(麓=ふもと)
椛(紅葉=もみじ)
糀(こうじ)
毟る(むしる)
蛯(エビ)
雫(しずく)

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漢字の造語力


 漢字づくりで行き詰まると、今度は漢字と漢字をドッキングさせて、新しい熟語の誕生です。抽象的な内容(言葉)も、この方法で爆発的に増やしていきました。

開国  開店  開城  開場  開封  開通  開票  開校  開講  開港  開口

郷里  郷愁  郷土  郷俗  郷約  郷校  他郷  帰郷  在郷  異郷  望郷  懐郷 ……

芸人  芸名  芸妓  芸界  芸道  工芸  無芸  武芸  演芸  園芸  農芸  多芸 ……

書体  書式  書吏  書店  書風  書家  書架  書庫  仏書  字書  自書  遺書 ……

神歌  神木  神代  神宝  神葬  神話  神意  神罰  風神  雷神  女神  氏神 ……

詩人  詩才  詩会  詩吟  詩材  詩体  詩情  詩箋  古詩  唐詩  作詩  詠詩 …… 


 もう、こうなったら無限の世界です。新たな単語が、いとも簡単にできていきます。漢字の造語力には、つくづく頭が下がります。しかも、新語も漢字が表意文字だから、だいたいの意味が予想できるから素晴らしい。

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驚きは、列車のように造語が長くなると
略語という方法を編み出します。
例えば

安保条約 ←日米安全保障条約
全学連 ←全日本学生自治会総連合
経団連 ←経済団体総連合
高校入試 ←高等学校入学試験
独禁法 ←独占禁止法
県教研 ←県教育研究会
県学図協 ←県学校図書館協議会
短大 ←短期大学
駐禁 ←駐車禁止
日赤 ←日本赤十字
行革 ←行政改革
落研 ←落語研究会
原発 ←原子力発電
重文 ←重要文化財
社福 ←社会福祉協議会
日展 ←日本美術展覧会


英語の略字と比べて
表意文字の特長を遺憾なく発揮しています。







得意技
外国語の翻訳


 この漢語があるから、外国語も漢語(造語)で対応が可能です。

 室町時代末期、オランダ、ポルトガル、スペインなどから珍しい品物とともに「洋語」が流入しました。そして、当時の人々は、外国語の発音を漢字に置き換えて表現しました。

 例えば、麦酒[ビール]・瓦斯[ガス](オランダ)、煙草[タバコ]・歌留多[カルタ](ポルトガル)、莫大小[メリヤス](スベイン)などです。 ……その知恵は評価できますが、この方法は無理を感じます。当然、行き詰まりました。

 それに替わって行われたのが、外国語に対して漢字の特長を遺憾なく発揮して「新語」を造語する方法です。しかし、これは「外来語」との併用で、社会に混乱を招いた一面も否定できません。

 ところで、平成15年から3年間、4回に分けて、国立国語研究会が「外来語言い換え案」を発表しました。外来語が無尽蔵にあふれて、日常生活が混乱しているので、漢語で表現した方がいい言葉について、次々と提案しました。(下に、その一例を列挙しました。)

 これについては、反論(外来語として流布した方がいい)もあります。いかがなものでしょうか?

アミューズメント     娯楽
クライアント       顧客
サプリメント       栄養補助食品
ドナー          臓器提供者、資金提供国
トラウマ         心の傷
ネグレクト        育児放棄、無視
バイオテクノロジー   生命工学
バイオマス       生物由来資源
ハイブリッド       複合型
ヒートアイランド    都市高温化
メディカルチェック   医学的検査
リバウンド        揺り戻し
ワークシェアリング  仕事の分かち合い
アイデンティティー   独自性 自己認識
インフラ         社会基盤
オブザーバー     陪席者 監視員
グランドデザイン   全体構想
グローバル      地球規模
ケーススタディー   事例研究
コミュニティー     地域社会 共同体
コンセプト       基本概念
シミュレーション    模擬実験
スクーリング      登校授業
セーフティーネット  安全網
セクター        部門
バーチャル      仮想
バックアップ      支援 控え
パートナーシップ   協力関係
ビジョン        展望
ベンチャー      新興企業
ボーダーレス    無境界 脱境界
マーケティング   市場戦略
マネジメント     経営管理
ミスマッチ       不釣り合い
ライブラリー     図書館
ログイン       接続開始
ワークショップ    研究集会


 とりわけ近年は、パソコンに関する外来語があふれて、とてもおじさんには付いていけません。かといって、それに対応した「漢語」が同時に登場して併用されると、いよいよもって混乱します。困った問題です。

 ちなみに、日本語はもともと「外国語」を受け入れやすい言語です。例えば、……

★ 今からウォークします。(動詞として導入)
★ 今からウォークに出かけます。(名詞として導入)
★ プリティな人です。(形容動詞として導入)

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和製外国語と
新語流行語(若者言葉)


 日本人は、勝手に外来語のような「新たな日本語」を生み出してきています。下は、その一例です。誰かがたまたま使って、それが全国に広まったその経緯を考えると、不思議にさえ思えます。

アニメ =animation
ガソリンスタンド =gas station
コインロッカー =coin-operated locker
ジーパン =jeans
シャッターチャンス =perfect moment
テーブルスピーチ =speech at a party
トラック =motortruck、 autotruck
(軽トラック」は“和製洋漢語”)
ナイター =night game
パトカー =police patrol car
ベースアップ =increase the basic salary
マイカー =private car、one's own car
マイホーム =one's own house
レベルアップ =raise the level

 それにしても、毎年毎年、日本には新しい単語が、次々と生み出されています。特に「若者言葉」の流布には、あきれるほどです。ことのついでに、一部を紹介します。

チョー(キモい) 
めっちゃ
普通に
ガン見(視線を外さずにじっと見る) 
マジ(マジィ〜!)
げ(あの人ヤバげじゃない?) 
たりぃ(「かったるい」の転「かったりぃ」からきた) 
はずい(恥ずかしい)
ていうか(てか)
(だ)しぃ〜!(「ありえねーし!」「意味ねーし!」)
ウザい・うぜえ
やばい・ヤバい・ヤベえ
あたし的には……
ビミョー
フツー
くねぇ〜?
とか
みたいな

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和語・漢語・外来語


 日本語には、和語・漢語・外来語の3種類があります。

 和語は、やさしく温かいニュアンスがありますが、意味があいまいなものもあります。また、文章に多用すると、冗長に流れるきらいがあります。

 漢語は、文字を見ただけで意味が判断できたり、格式や権威をつけたりするのに非常に便利です。ただ、(同音異義字がたくさんある関係で)聞くだけでは分からない場合もあります。

 外来語は、知性や権威などを誇示することができます。が、必要もないのに多用すると、嫌味な感じや軽薄な感じを与えてしまいます。

 それぞれにニュアンスと特徴を備えています。その場面場面で使い分けができる点、なかなか重宝な日本語の特色と言えます。もっとも、その分、語彙が増えてしまっています。

 漢語と和語の表現の違い(例)を挙げました。また、3種類の表現の比較例を表にして例示してみました。

【漢語⇒和語】

大臣が決定したことを報告しているだけである。
⇒大臣が決めたことを知らせているだけである。

書類を提出したら、許可された。
⇒書類をさしだしたら、許された。

多数の議員が賛成意思表明している。
⇒大勢の議員が自分の考えと同じであるという思いを明らかにしている。

道路落葉でうまっていた。
⇒道が落ち葉でうまっていた。

友人と、昼食会計画した。
⇒友達と、昼ご飯を食べる集まりをしようと考えた。

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和語 漢語 外来語
やどや 旅館 ホテル
思いつき 着想 アイデア
かわや 便所 トイレ
まわりみち 迂回路 バイパス
跳び上がる 跳躍 ジャンプ
おひさま 太陽 サン
速さ 速度 スピード
歩く 徒歩 ウォーク


(^^;) 同音異義字
 ⇒貴社の記者は汽車で帰社した。
 ⇒階上の会場は開場した。
 ⇒海上の会場は開錠された。







日本語は
優れた表記法


 日本語の表記は、漢字仮名交じり文。(異論はあろうとは思いますが、)つくづく、ありがたい優れた表記を後世に残してくださったものだと、祖先に感謝です。

 もともと漢字の発祥地は中国。6世紀、仏教伝来に伴って輸入されたとされています。が、もっと以前だとの説もあります。いずれにしても、全く文字を持たなかった日本人が、中国の恩恵を受けて文字を持ったことは間違いがありません。

【備考】 神代文字(じんだいもじ、かみよもじ)と称し、漢字が伝来する以前に、古代日本で使用されていた文字があるという説がありました。が、現在では、近世以降に捏造されたものであり、漢字渡来以前の日本に固有の文字は存在しなかった、とする説が広く支持されています。

 この漢字を基に、「ひらがな」を発明し、「カタカナ」までも生み出した日本人の智恵は、これまた創造力に富んでいます。

 ところで、漢字仮名交じり表記は、漢字と仮名の特長を生かした、実に優れた表記法だと、つくづく感心しています。

漢字=基本的には、名詞、動詞・形容詞・形容動詞の語幹など。
ひらがな=基本的には、活用語尾、接続詞、感動詞、助詞、助動詞など。
カタカナ=外来語、計量,貨幣などの単位を表す語など。

 漢字をマスターしていない時期には、ひらがなだけで書き表すことが可能です。また逆に、漢字仮名交じり表記でも、漢字に「ルビ」を付ければ、漢字が読めなくても、その文章を読むことができます。 ……ただし、漢語の語彙の知識がなければ、文章が読めても意味が不明ですが・・・。

 韓国では、漢字を捨てて「ハングル文字」(表音文字)にしました。その結果、国立大学でも図書館の書籍の利用率は2%程度しかないそうです。要するに、過去の漢字交じりで書かれた本を、現代の韓国人は読めないのです。

 一方、中国では日本における「ひらがな」に当たる文字が作れません。作ったとしても数百文字必要の上、イントネーションに対応できないと言います。読み書きが通常にできるためには、最低でも5,000文字マスターといいますから、気が遠くなります。そこで、識字率を上げるため、思い切った簡体字化を押し進めました。その結果、過去の繁体字で書かれた書物を読める人は、ほとんどいなくなってしまいました。

簡体字 ←←←繁体字
万 ←←← 萬
与 ←←← 與
个 ←←← 個
乱 ←←← 亂
争 ←←← 爭
云 ←←← 雲
仆 ←←← 僕
体 ←←← 體
余 ←←← 餘
佛 ←←← 彿
儿 ←←← 兒
党 ←←← 黨
写 ←←← 寫
冬 ←←← 鼕



 もし日本人が「ひらがな」を編み出していなかったら、おそらくは遅かれ早かれ、漢字という怪物に押しつぶされ、韓国や中国のような運命をたどっていたかも知れません。

                       

 繰り返しになりますが、日本人は「漢字仮名交じり文」というすごい方式を、よくも生み出したものではあります。もし、日本語の文字が「漢字」だけだとしたらと考えると、ぞっとします。「ひらがな」は平安時代に生み出されましたが、これと「漢字」とを併用するなど、よくぞ考えついたものではあります。

 「漢字は、習得までに時間がかかりすぎる、労力が要りすぎる。」という主張がなされた時代がありました。実際に戦後、日本語廃止論を志賀直哉が唱え
(六十年前、森有禮が英語を國語に採用しようとした事を此戰爭中、度々想起した。若しそれが實現してゐたら、……(中略)……尺貫法を知らない子供のやうに、古い國語を知らず、外國語の意識なしに英語を話し、英文を書いてゐたらう。英語辭書にない日本獨特の言葉も澤山出來てゐたらうし、萬葉集も源氏物語もその言葉によつて今よりは遙か多くの人々に讀まれてゐたらう)たり、日本語のローマ字表記やひらがな分かち書きを、梅棹忠夫が提唱したりしたこともありました。が、幸い多数派にはならずに済みました。

 「ひらがな」だけの表記は、読む場合にはとてつもない労力を伴います。特に「漢語」は同音異義字が多いので、読み間違ったり混乱したりもします。その上、速読が不可能になってしまいます。


【漢字の力】 ……平仮名だけの世界だと?

 かんじを おぼえるのは ちょっかんりょくだと いわれています。かんじを おぼえるじきに おぼえさせなくては いっしょうの ふかくです。とりわけ しょうがっこうのいちねんかんは おとなの じゅうねんかんに あたると いわれています。

 こくごの じゅぎょうに おいては、ないようはあくに りきてんが おかれすぎています。ていがくねんの じきには むずかしいことを いわず、かんじが よめるよう にしてやるべく ぜんりょうを とうにゅうすべきなんです。すぐれた さくひんや はっと おどろくような ぶんしょうひょうげんに どんどん であわせてやるべき じゅうような じきなのです。


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 とりわけ抽象的なこと、抽象語の内容については、「漢字」からインプットするケースが多いと思います。漢字でインプットするから、忘れにくくなるという側面も見逃せません。

 確かに、漢字のマスターには労力・時間を伴いますが、その習得の過程で得るものも大きいし、何と言ってもマスターしてしまえば、こんなに素晴らしい表記(表音文字と表意文字の長所を生かした表記)はありません。

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 ★ ひらがな ……助詞、助動詞、送りがな。その他、接続詞、感動詞など。
 ★ カタカナ ……外来語、擬音語など。
 ★ 漢 字  ……実質的な部分。名詞、動詞など、文章骨格(主語・述語等)となる部分。












次回は
漢字習得のあり方について
コメントを述べることにします。